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名古屋地方裁判所 平成2年(ヨ)226号 決定

申請人

福永孝雄

外一〇四名

右申請人ら代理人弁護士

原山剛三

若松英成

田原裕之

被申請人

瀬戸市

右代表者市長

井上博通

瀬戸市長

井上博通

右被申請人ら代理人弁護士

大場民男

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一申請の趣旨

一被申請人らは、被申請人瀬戸市が平成二年四月一日に申請外日本硝子株式会社との間で締結した、瀬戸市下水道終末処理場運転管理業務に関する業務委託契約に基づく業務委託料その他の対価を支出してはならない。

二被申請人らは、被申請人瀬戸市が平成二年四月一六日に申請外日本ヘルス工業株式会社大阪支社との間で締結した、瀬戸市下水道終末処理場運転管理業務に関する業務委託契約に基づく業務委託料その他の対価を支出してはならない。

第二事案の概要及び主要な争点

一被申請人瀬戸市(以下、「被申請人市」という。)は、地方自治法上の固有事務として自ら遂行してきた下水道事業に伴う業務のうち、瀬戸市西部終末処理場、瀬戸市水野終末処理場及び水野ポンプ場(以下、「終末処理場等」という。)における施設の運転管理保守業務につき、平成二年四月一日以降、民間業者に委託することにし、平成二年四月一日日本硝子株式会社との間で委託期間を平成二年四月一日から同年四月三〇日までとする瀬戸市下水道終末処理場運転管理業務に関する業務委託契約を締結し、また、同月一六日ヘルス工業株式会社大阪支社との間で、同様に右業務につき委託期間を平成二年五月一日から平成三年三月三一日までとする業務委託契約を締結した。

二これに対し、瀬戸市の住民である申請人らは、右各業務委託契約は下水道法第三条、第二五条に反するとし、右委託契約が締結されこれが実施されることにより、住民である申請人らは著しい損害を被るおそれがあるとして、被申請人瀬戸市長に対し地方自治法第二四二条の二第一項第一号に基づく差止請求権及び申請人らの人格権に基づく差止請求権を被保全権利として、被申請人市に対しては人格権に基づく差止請求権を被保全権利として、右委託契約に基づく対価の支出の差止めの仮処分を求めるものである。

三本件における主要な争点は、①地方自治法第二四二条の二第一項第一号に基づく差止請求権を被保全権利として民事訴訟法上の保全処分の申請が認められるか、②排水処理場等の管理の民間委託が下水道法第三条、第二五条等に反するかである。

第三当裁判所の判断

一被申請人瀬戸市長は、いわゆる本案前の申立てとして、「「当該執行機関」たる「瀬戸市長」には民事訴訟法上の当事者能力はない」、「差止請求自体が保全訴訟的性格を有するものであるから、差止請求を本案とする保全訴訟は認められるべきでない」、「住民訴訟は個人的利益の保護を目的とするものではないから、被保全権利があるということは論理的にありえない」ことなどを理由として地方自治法第二四二条の二第一項第一号に基づく差止請求権を被保全権利とする民事訴訟法上の保全処分の申請はそもそも不適法であるとして本件仮処分申請の却下を求めている。

しかしながら、地方自治法第二四二条の二第一項第一号に基づく差止請求訴訟(行政事件訴訟法第五条所定の民衆訴訟に当たる。)には同条第六項により行政事件訴訟法第四三条の規定の適用があり、同条第三項によれば、処分又は裁決の取消しを求めるもの及び処分又は裁決の無効の確認を求めるもの以外のものについては、当事者訴訟に関する規定が準用されているから、同法第七条により民事訴訟法の例によることとなり、そうすると同法第四四条が規定する行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為以外のものについては、民事訴訟法に規定する仮処分をなすことができるものと解するのが相当であるから、被申請人瀬戸市長の本案前の申立ては採用することができない。

二そこで次に、本件仮処分申請の当否について判断する(本理由中の書証は、すべて成立に争いがないか審尋の全趣旨により成立が疎明されたものである。)。

1 申請人らが地方公共団体である瀬戸市の住民であること、被申請人瀬戸市長が右瀬戸市の執行機関であること及び第二・一のとおり被申請人市が終末処理場等の運転管理保守業務につき、日本硝子株式会社とヘルス工業株式会社大阪支社を相手方として業務委託契約を締結したことは当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、本件業務委託の内容については以下のとおりであることが疎明される。

(一) 日本硝子株式会社、ヘルス工業株式会社大阪支社(以下、「受託者」という。)に委託された業務の内容は、終末処理場等における施設の運転管理保守業務であり、その具体的業務の内容は、中央監視室における監視及び運転制御、各種機器の運転・監視及び記録、右機器の点検・調整・整備及び記録、軽易な修理・造作・塗装、運転操作に必要な水質・汚泥試験及び理化学試験の補助、各施設の清掃・整理整頓・除草及び防火等現業的部分に限定されている。ちなみに、右委託業務の内容は総務庁行政監察局の下水道に関する行政監察結果に基づく勧告中に示された建設省の指針に則ったものである。

(二) 受託者は、市が作成した業務委託一般仕様書及び特記仕様書に基づき業務を履行しなければならず、右業務の処理を他に委託し、又は請け負わせてはならない。市は、必要があるときは、業務の内容を変更し、又は業務を一時中止することができる。また受託者は毎日の業務実施状況を記録し、市に提出して確認を受けなければならず、また毎月の業務の処理を完了したときは五日以内に市に対して業務完了報告書を提出しなければならない。そして、市は受託者から業務完了報告書を受理したときはその日から一〇日以内に検査をおこなわなければならない。市は、必要と認めるときは、受託者に対して業務の処理状況について調査し、又は報告を求めることができる。

(三) 受託者は業務の着手七日前までに着手届、組織表(現場管理及び安全管理)、総括責任者選任届、作業計画書等の書類を市に提出しなければならず、作業要領として、受託者は翌月の運転操作計画書、点検整備計画書、作業計画書、勤務表を月末までに作成し、市と協議しなければならず、運転管理上問題が生じた場合には、その都度市に報告し協議しなければならない。更に、受託者は業務実績を明らかにするため、業務日報により毎日市へ報告しなければならない。

(四) 受託者は、市に届け出た従業員の中から、現場の最高責任者として従業員の指揮監督を行う「総括責任者」及び総括責任者を補佐する「副責任者」を選任し、届け出なければならない。また、受託業務を行う従業員の資格については、下水道法第二二条第二項、同法施行令第一五条の二、同第一五条の三によれば、「処理施設又はポンプ場の維持管理に関する事項」については、右施行令第一五条の三が定める資格を有する者に行わせなければならないものと定められているところ、受託者の総括責任者は、業務に必要な法令等に精通し、他の技術者等に対し業務を的確に指示監督し、円滑に業務を遂行するための総括の任にあたる能力があり、右施行令第一五条の三の第七号に規定する者で、かつ、大学の下水道工学に関する専門課程を修了し、七年以上の実務経験を有する者か、工業高校の電気、機械、又は化学に関する専門課程を修了し一一年以上の実務経験を有する者か、あるいは下水道技術検定第三種合格者で以上の者らと同等以上の能力を有するものでなければならず、また、副責任者は、総括責任者の補佐の任にあたる能力があり、右施行令第一五条の三の第七号に規定する者で、かつ、大学の下水道工学に関する専門課程を修了し、五年以上の実務経験を有する者か、工業高校の電気、機械、又は化学に関する専門課程を修了し九年以上の実務経験を有する者か、あるいは下水道技術検定第三種合格者で以上の者らと同等以上の能力を有するものでなければならないとされている。その他、主任技術者及び技術員についても相当の実務経験等の資格を必要としている。

(五) 市は以上のように現業的業務の遂行を受託者に委託することとしたが、直営で行うべき業務は従前のとおり下水道課においてこれを遂行するとともに、受託者の毎日の業務実施状況の確認及び運転操作計画、点検整備計画、作業計画等の事前協議を介して受託者の運転操作管理事務の監督指示を行うことになっており、また、下水終末処理場管理事務所に、市の職員でありかつ電気技師、化学技師あるいは機械技師としての資格を有する所長、次長及び所員三名を、技術部門の行政責任を果たす中枢部門として配置している。

3  ところで、申請人らは、「下水道法には民間業者等第三者に業務を委託することを認める規定は存しない」、「下水道法第三条は民間業者に業務を委託することを禁止する趣旨である」、「下水道管理業務の民間委託について条例で定めることなく委託契約を締結することは、下水道法第二五条に違反する」、「下水道法第二二条第二項の「有資格者」は当該下水道管理者たる市町村の職員でなければならない」、「本件業務委託契約は職業安定法に違反する」ことなどを理由に本件業務委託契約が違法である旨主張する。

なるほど下水道法第三条は、公共下水道の維持管理業務はすべて公共下水道管理者たる市町村の責任のもとにおいてなされなければならないとしているが、右規定の趣旨は具体的業務を遂行するに際し、現業部分についてまですべて当該市町村が直営で行わねばならないとするものではなく、下水道管理の責任主体たる市町村が維持管理業務につき意思決定と指導監督をなし、右決定と監督のもとに、現業的事務を第三者に委託して行わせることについては、当該市町村、委託を受ける第三者の人的能力及び当該市町村の財政状況等諸般の事情を考慮した上での、その当該自治体の裁量的判断に委ねられているものと解すべきものであって、下水道事業の公共性、公益性の点から一切を直営で行うべきもので民間に委託することをすべて禁止しているものと解するのは相当でない。

しかして、先に認定した本件業務委託契約の内容をみれば、委託される業務の内容は公権力の行使とは直接かかわりのない現業的部分に限定されており、かつ被申請人市の行政上の監督責任体制は明確であるから、右法条に違反するものとはいえない。

次に、本件各業務委託契約が条例に基づくものでないことは争いのないところであるが、下水道法第一二条、同第一二条の二、第二〇条及び第二四条と併せ検討すると、同法第二五条が条例によることを求めているのは、公共下水道の設置に関する事項のほか、たとえば、公共下水道の供用の開始または終末処理場による下水の処理の開始の際の必要事項の公示手続、排水設備を設置した場合の届出義務及びその手続といった管理権限の行使に関する事項についてであり、本件のごとき業務委託の関係まで当然に条例によることを求めているものとは解しがたい。また、先に認定したとおり、受託者の総括責任者及び副責任者は同法第二二条第二項の定める資格を有する者がこれに当たることになっており、前にみたのと同様に右条項にいう「有資格者」が市職員でなければならないと解するのは相当でないから、同条違反ということもできないし、事柄の性質からみて、本件各業務委託契約が職業安定法違反に当たるとみることはとうていできない。

〈証拠〉によっても本件各業務委託契約が違法であることを疎明するに十分でなく、他にこれを疎明するに足りる資料もない。

三人格権に基づく差止請求については、本件業務委託契約が快適で清潔な住環境を害するおそれを有することを是認するに足りる疎明はない。

四以上の次第で、本件仮処分申請は結局被保全権利の疎明がないことに帰し、保証を立てさせて疎明に代えるのも相当でないから、本件申請をいずれも却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官上野精 裁判官村上久一 裁判官岩井隆義)

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